認知症・・・ 家族も様々。

Y子さん(母)が認知症になって、一番ビビったのは他ならぬ私だと思う。

私は3姉妹の真ん中。

父もまだまだ元気なので、なにも1人きりでY子さんの心配をする必要はない。

 

それでもY子さんの様子が変わって来た直後から、自分ひとりが全て背負ったかのような気になり

あれこれ心配して、右往左往していた。

 

ウチの旦那さんは自分で仕事をしてる。

自宅で簡単な事務作業を手伝っているだけの私は

ちょうど子育ても一段落したタイミングで、他の誰よりも時間があった。

昔からY子さんにあれこれ付き合うのは、私が一番多かった事もあって

Y子さんの変化に気が付いたのも私だった。

 

その後の通院や、Y子さん宅のご飯のお世話。(毎日オカズを差し入れする)

そんな事は私がする・・・・自然とそういう流れになっていった。

 

ん~ちょっと違うな。

今振り返るとそんな流れに、自分がしていたんだと思う。

 

妹は遠方に住んでいるので、直接Y子さんのお世話はできないけれど

医療関係の仕事についているので、情報収取もしてくれるし

私の愚痴も聞いてくれるので頼りになる。

 

姉は車で30分ほどの所に住んでいる。

小さいころから親思いの姉が近くにいるので、とても心強かった。

姉と手を取り合ってY子さんに付き合って行こう!そう思っていた。

 

でもその肝心の姉が、仕事や子ども関係の雑事が忙しい事もあって

ちっとも頼りにならない。

 

たまにY子さんと一緒に居る時も、父の悪口にいちいち反発して

Y子さんを窘める。

ゆっくり話を聞いてあげた方がいいと考えていた私にとって

姉の態度はとてもY子さんに気を使ってるようには見えなかった。

私は常にY子さんが居心地がいいように・・・

Yこさん中心で物事を考えて付き合っていた。

だからY子さんも、父もどんどん私を頼りにするようになる。

 

でも本当は凄く無理をしながら付き合っていた。

 

実は私、両親がちょっと苦手だ。

子どものころから、いつも気を使っていた。

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3姉妹の中で一番勉強の出来が悪かったせいもあって

卑屈になっていた部分もあるんだろう。

だから少しでも喜ばれたり、頼りにされるとつい張り切ってしまう。

全力でいい娘のふりをする。

だから本当はY子さんに会う日は、とても疲れる。

どんどんY子さんに会うのが億劫になる。

 

このままY子さんが私ベッタリになったら困る。

私ばっかり大変。

そうずっと思って、姉に対してイライラしていた。

でも、両親の前では頼れる娘を装っていた。

 

Y子さんの症状が悪くなるたび、気持が暗くなる。

少しでも症状を改善しようと、アレコレ試したり出かけたりするのは

結局は自分の為。

症状が悪くなったY子さんに付き合うのが嫌だから、

少しでも症状が進むのを止めようと必死だった。

 

自分にふりかかってくるのが嫌。

それが私の本音だ。

 

「今後、Y子さんの症状がどんどん悪くなったら

自分が両親を引き取って一緒に暮らす」  姉はそう言ってくれている。

有り難いことに、姉の旦那さんも承諾してくれている。

 

Y子さんが認知症と診断されて、しばらくたった頃にそんな話をしたのだ。

 

Y子さんのお世話はしても、一緒に住むのは無理だと思っていた私は

その姉の言葉は涙が出るほど嬉しかった。

だから今出来る事は、全力で私がしよう!!そうますます張り切る結果になった。

で、Y子さんがどんどん私を頼りにしてくる。

 

このままじゃ、姉の家には行かないんじゃない?

行かないって言うんじゃない?きっとそうなる・・・・

そんな不安が膨らんでいった。

 

本当はとんでもなく親不孝な娘。

それが私の正体なのだ。

 

 

 

 

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