分かって欲しい人が分かってくれない。

本日は学習障害の話。

前回でほぼ書き上げた息子の学習障害の話。

小学校の低学年から就職までの約10年近くの話を書いたが、

ちょっと読み返してみて、なんだかおキレイにまとまってしまった気がした。

そう思ったのはきっと、周りの人間に絡む話があまり書かれていないからだ。

私が一番ツライと感じたのは、息子が学習障害を持っている事と同じくらい

より身近な人間の、理解と協力を得ることが出来なかった事だったかもしれない。

その最たる人物は主人だ。

主人は仕事も一生懸命で家族をとても大事にする人だ。

賭け事もせず、飲みに出歩くこともない。

父として夫として本当に申し分のない人だと思う。

そんな主人が息子の学習障害に対しては、ほぼ無関心だった。

息子の学習障害に関してと言うより、子どもたちの学習面に関心がないのだ。

 

だから子どもたちの成績に文句をつけたこともないし、

娘の受験だって「どこの学校を受験するの?」と聞いたこともなかった。

ただ元気ならばそれでいいと思っているようだった。

だから息子の学習面について相談しても

「なんとかなるんじゃない?」「なるようになるんじゃない?」と、

そんな返事しかもらえなかった。

 

「なんとかなるんじゃない?」

私はその言葉が大嫌いになった。

なんとかしなくては、なんともならない事だってあるのだ。

何もしなければ状況はますます悪くなるのは分かっている。

それなのに主人は全く取り合ってくれなかった。

「もっと気楽に考えたら?」と言われ呑気な主人に対して怒りを覚えた。

正直な話、何度も離婚を考えた。

 

理解してくれなかったのは主人だけではなかった。

長年の親友も主人と同じ事を言ったのだ。

「高校はどっか入れるって!!」とも言った。

出来る限り息子の為になる学校に・・・・そんな気持ちは全く理解されなかった。

 

私が考えすぎなんだろうか?

そんなにバカバカしく見えるのだろうか?

気持ちが押しつぶされそうで、ヘンな話 生理もすっかり止まってしまった。

誰に理解されなくても構わなかったが、主人と親友にだけは分かって欲しかった。

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今思い返せば更年期でもあったのだろう。

その頃に病院で閉経と言われた。

早い年齢での閉経だった。

その影響もあってか、肌は荒れいっぺんに年を取ったような気がした。

出来るだけ人に逢いたくなかった。

精神的に疲れ切った私は、一方的にに親友との間を断ち切った。

分かって貰えない辛さを抱えて過ごすより、縁を切る辛さを選んだ。

 

そんな中、私を支えてくれたのは娘だった。

「弟くん、凄いよね~!私があれだけ勉強頑張ったら、学年1位になるかも!!」

そう言って、弟の頑張りを一緒に見守ってくれていた。

娘が福祉関係の方面に進むようになった一因は、

そんな弟の存在も関係していたようだ。

 

娘が大学で学習障害に詳しい先生と話をした事があった。

「先生がね、お母さん偉いねって言ってたよ。」

「とっても上手に弟くんを育てたって!」そう言ってくれた。

そして同じ子供さんを持つ方々とのコミュニケーションの場を紹介して下さった。

ホントに嬉しくて涙が出た。

その頃は私も息子もすっかり落ち着いていたので、

コミュニケーションの場に顔を出すことはなかったが、

早い段階でそんな場所に行き、話を聞いてもらえば良かったと思った。

 

なんとなくギクシャクした主人とも、今は元に戻っている。

縁を切った親友とは、最近4年ぶりに再会した。

彼女との関係はまた新しく始まりそうだ。

時間が解決することもあるしね・・・

 

辛かった記憶もすこしづづ薄れている。

これを書きながらそう感じた。

日にちが薬だ。

 

今、ツライ人もいつかはそう思える日が来るよ。

きっとね。

 


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