高校生活。

今日は学習障害の話。

高校入学後すぐに勉強について行くのが大変になった息子。

私はテストのたびに赤点や単位の心配をしていたけれど、

当の息子はノビノビと学生生活を過ごしていた。

毎朝5時半に起き、自転車に飛び乗り朝練に向かう。

勉強はほどほどしか頑張れないが、部活は一生懸命だった。

 

成績は40人中40番を常にキープしていたが、不思議と単位が足りなくなることはなかった。

テストと内申点の合計が40点以下になると赤点になり、学年末までに解消しないと落第になる。

なので2学期の中間テストが終わった時点で、進級や卒業が危ない子は学校から呼び出される。

会議室に先生方がグルリと立っており、その中に成績がヤバい親子が集められるのだ。

これは本当に居心地が悪い。(汗)

進学の先生のお説教を頂戴し、その後担任の先生と息子の状況について話をするのだ。

「おい!お前ちゃんと頑張れよ!お母さんに心配かけるなよ!」

先生はいつも笑いながらそう息子に言っておられた。

 

通常の個人面談でも先生とは度々話をさせて頂いたけれど、

一度だって成績が悪い事で文句を言われた事はなかった。

部活をはじめ、息子が頑張ってるところをちゃんと見てくれており、

「息子さん頑張ってますよ!」と言って下さった。

息子はテストの点数は悪かったけれど、提出物や授業態度には気を配っていたようで、

多くの教科が最終的には40点に乗っており、有り難いことに落第はせずにすんだ。

担任の先生も成績表を見ながら「おっ!40点ぎりぎりばかりで、ある意味凄いな!!」と

よくそう仰って笑っておられた。

どの教科の先生も息子の努力は認めて下さっていたのかもしれない。

学習障害の話を相談させて頂いたE先生や、サポートして下さるK先生も、

個人面談の日には必ず声をかけて下さり、心配なことをちゃんと聞いて下さった。

これは本当にありがたく、心強かった。

 

こんな環境で息子は本当にのびのび過していた。

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成績が悪い事で怒る先生も、バカにする友達も居なかった。

部活でそこそこの成績をあげていた事もあって、卑屈にならずに済んだのだろう。

勉強は出来なかったが、それなりに資格は取った。

さすがに危険物の資格は何度挑戦しても取れなかったけれど、

計算技術検定や情報技術検定をはじめ、他にもいくつも資格を取得した。

もちろん簡単なものばかりだとは思う。

それでも息子にとっては人の3倍は努力が必要だったろう。

 

面白いことに英語が大の苦手だった息子が「リスニング検定」1級を取得した。

読んで書くのは苦手だが、耳で聞いた事はちゃんと理解しているのだ。

これはには周りの友達もビックリしたようだった。(笑)

 

工業高校には「ジュニアマイスター制度」と言うものがあり、取得した資格の合計点で、

全国の工業高校が競い合うシステムがあるようだ。

息子も「ジュニアマイスターシルバー」を取得し、少しは貢献できたようだ。

 

勉強は本当に落ちこぼれだったが、出来ることはちゃんと頑張った息子。

最大の難関だった「電気工事士」の資格を無事に取得できた時は本当に泣けた。

先生から「毎年落ちる子はいます、落ちても就職はできますから・・」と、

そう励まされていたにもかかわらず、息子は奇跡的な合格を手にした。

その代わり、その時期の中間テストは悲惨だっだけどね。(笑)

 

出来ない息子に勉強を教えてくれた友だちもいた。

合格した時は本当に喜んでくれたそうだ。

いい友達と先生に恵まれた息子は本当にラッキーだった。

この高校を選んで本当に良かった。

心からそう思っている。

 

 


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